2006年 9月 1日 (金)
by ポンコツおじサム
”フェアレディ”
ナント心躍る響きであろう・・
日本を代表するスポーツカーである。
今でこそ、スポーツカーは屋根付きが殆どだが、
1960年代までは・・
”スポーツカー = オープンカー”
その当時の代表選手の一人(一車)
”ダットサンSRL-311”
”L”が示すように”左(レフト)ハンドル”
生産されたかなりの数(約9割?)が北米に輸出されたのである。
里帰り車であろう・・
気になる心臓部は、
OHC水冷4気筒2000ccである。
国内車はこれに、ソレックスキャブを2連装して、
”145PS/6000rpm”
また、最高速度も驚きの
”205Km/h!”
とカタログに堂々と謳っている。
車重は900Kg強しかないので、相当なパフォーマンスである。
なお、北米輸出車は排気ガス対策等の関係か、
ミクニソレックス→SUキャブの2連装になる。
この辺は、ヨーロッパから輸出されたスポーツカーと同様に
スポーツタイプのキャブから変更される。
”赤”の似合うスポーツカーである。
車名の”レディ”とは裏腹に、
非常に荒々しい豪快な”男らしい”クルマである。
グワアァ〜ッと急加速して峠を攻めてみるのも良し!
オープン好きの彼女を乗せ浜辺を流すも良し!
シンプルな構造を楽しみながらクルマいじりするも良し!
である・・・
MattBPt [2015/7/2(木) 18:13]
MattBPt [2015/7/6(月) 17:03]
by ポンコツおじサム
今日は全国一斉に、
”防災の日”
伊勢湾台風が襲来した翌年1960(昭和35)年に制定。
そもそも9月1日というのは1923年に関東大震災が
起こった日。
この惨事を教訓として、防災意識を高める日として
制定されたらしい。
昨年から地元自治会の”防災専門員”となり、
防災訓練(計画から立案)に参加。
今日は、生憎の雨。。。
・・にもかかわらず、避難所となる公会堂(研修センター)
には約450名が訓練参加した。
俺の担当は生活班係であり、避難所の生活担当である。
うちの係の本日訓練は
”炊き出し”を実施。
といっても、フリーズドライされたアルファ米を、
お湯又は水を入れて作るシンプルなもの。
・早速お湯を沸かし、手順にしたがって作製
50食分もあるので、中学生や参加者に強制的に試食依頼。
作ったのは、”五目飯バージョン”。
”五目飯”は思ったよりとってもおいしく大好評!
残さず全部完売?した。
大雨にもかかわらず、予想以上にたくさんの地元民が
集まったのには少々驚いたし、防災意識の変化を感じた。
ここだけの話で、内緒だが・・・
実は、賞味期限が少しだが切れていたのだ・・・
(結構気にする人いるので公表しなかった)
今の所は、お腹はバッチリ元気ハツラツ状態(^_^)
yotahide [2006/9/1(金) 22:18]
86トレノ(無職) [2006/9/1(金) 23:46]
ポンコツおじサム [2006/9/2(土) 00:31]
by ポンコツおじサム
”ホンダの初乗用車”は
”ホンダS500”
である。
最近は、S500をレストアするマニアが
チラホラと出て来て、旧車イベントでも
見かけるようになった。
しかし、元々が非常に生産台数が少ない為、
まだまだ「珍車」の部類に入る。
我、工場に”S500が入庫”した。
友人のK氏所有のもの。
残念ながら、現在エンジンはS600が載っている。
しかし、ボディ程度はかなり良くて、
これからS500としてレストするにはにはもってこいである。
これを、「2006やらまいCAR」に向かって、
エンジン等をチャ〜ンと整備する事になった。
ありがたい事です。
特徴的な、
”まっすぐなバンパー” と、
”フロントスカートのエラ”が泣かせる。
車体番号(AS280-64-104××)からすると、
S500でも後期型に入るかな。
それにしても、昭和39年(東京オリンピックの年)に
これを発売したHONDAの勇気はたいしたものだと思う。
初乗用車が”スポーツカー”なのだ。
”造り”はまだまだハンドメイドでプレス後の
手直しがいたる所に見受けられる。
これって”浜松工場製”なのだ。
今は”紺色のメタリック”だが
このクルマの発売当時の元色は
”エレファントグレー”
つまり、”象の灰色”
イメージは、塗装の下塗り”サフェーサー”にそっくり。
当時は”赤色”は消防車のイメージが強く、S39年頃は
実際に”赤色”の一般車は少なかったらしい・・・
それにしても、
早く、ツインカムの雄叫びを聞きたいものだ。
|
昨日の虹、僕も何年かぶりに見ました!綺麗でしたね。また遊びに行きま〜す。
あっそうそう、メルアド教えてくださ〜い。